退職した社員が、競合他社で自社の顧客リストを使っているらしい。技術情報が外に出た形跡がある。——そう分かっていても、証拠がなければ会社は動けません。

不正競争防止法は、営業秘密が不正に持ち出された場合の民事上・刑事上の措置を定めています。しかし、それを実際に使うには二つの条件があります。その情報が法的に「営業秘密」として保護される状態にあること、そして持ち出しの事実を示せることです。

本記事では、この二つの条件を実務の目線で整理します。

<この記事は専門家が監修しています>
監修:渥美 雅之(弁護士 / 三浦法律事務所 パートナー)
元・公正取引委員会事務総局、米国連邦取引委員会(FTC)執務経験を有し、企業法務・独占禁止法・コンプライアンス領域に精通。日本経済新聞「企業法務弁護士ランキング」選出。

どこへ漏れているのか——最も多い流出先

まず、実態を確認します。

IPA(情報処理推進機構)の「企業における営業秘密管理に関する実態調査2024」によると、営業秘密の漏えい先として最も多いのは「国内の競合他社」で54.2%。次いで「国内の競合他社以外の企業」が48.8%でした(複数回答)。

漏えいの多くは、同じ市場で戦っている相手のもとへ流れているということです。顧客リストや価格情報、技術情報が競合の手に渡れば、受注や取引に直接影響します。「情報が漏れた」で済む話ではなく、事業の損失に直結します。

だからこそ、事後に法的措置を取れる状態を確保しておくことに意味があります。

前提:その情報は「営業秘密」として保護されるか

不正競争防止法上の保護を受けるには、その情報が営業秘密の要件を満たしている必要があります。

同法第2条第6項は、営業秘密を「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上または営業上の情報であって、公然と知られていないもの」と定義しています。ここから、次の3要件が導かれます。

  1. 秘密管理性 — 秘密として管理されていること
  2. 有用性 — 事業活動に有用な技術上または営業上の情報であること
  3. 非公知性 — 公然と知られていないこと

この3つをすべて満たす情報のみが、営業秘密として保護されます。

実務上、争点になりやすいのが秘密管理性です。「重要な情報だった」と主張しても、誰でも自由に閲覧・複製できる状態で置かれていたなら、秘密として管理されていたとは認められにくくなります。会社が秘密として扱う意思を、従業員が客観的に認識できる状態だったかが問われます。

裏を返せば、アクセス制限をかける、機密であることを明示する、取扱いルールを定めるといった日常の管理が、そのまま法的保護の土台になります。持ち出しが起きてから慌てても、この土台は後から作れません。

経済産業省は「営業秘密管理指針」(令和7年3月31日 最終改訂)で、営業秘密として管理するための考え方を示しています。要件の該当性は個別の事情によって変わるため、自社の情報が保護対象となるかについては、弁護士等の専門家にご確認ください。

「契約書がある」だけでは、守れない

多くの企業が、退職時に秘密保持契約や競業避止義務契約を結んでいます。実際、前出のIPA調査では、競業避止義務契約を「締結していない」割合は役員33.3%・従業員33.0%で、2020年度調査(約64〜66%)から減少しました。契約を結ぶ企業は増えています。

ところが、IPAは同調査の結論で、重要な指摘をしています。

競業避止義務契約の締結は増加しているものの、全般的に対策状況は大きく変わっておらず、違反を見つけられないリスクが依然残ると考えられる。

ここが核心です。契約書は「やってはいけない」と定めるものであって、違反を検知する仕組みではありません。

誓約書に署名してもらっても、実際にデータが持ち出されたとき、それを見つけて示す手段がなければ、契約は機能しません。相手が「持ち出していない」と主張すれば、そこで話は止まります。

契約(禁止)と、事実を確認できる仕組み(検知・証拠化)。この二つが揃って、はじめて備えは成立します。

立証に必要なデジタル証拠

では、持ち出しを示すには何が必要か。PCに残る記録として、次のようなものが手がかりになります。

外部ストレージの接続履歴

USBメモリや外付けHDDが、いつ、どの機器で接続されたか。機器を特定できる情報が残るため、「その日、その端末が接続された」という事実を示せます。

ファイルの移動・削除の記録

対象データにアクセスした日時、移動した形跡、そしてその直後にまとめて削除した痕跡。退職直前の一斉削除は、持ち出しの痕跡を消そうとする挙動として重要な意味を持ちます。

外部への送信履歴

個人のメールアドレスやクラウドストレージへのアクセスの有無を確認できます。ただし、実際のファイルの送信やアップロードといった動作そのものを確定させるものではない点に注意が必要です。

これらを時系列で並べることで、「いつ、どのような操作が行われたか」を示せるようになります。単発の記録より、一連の流れとして示せるかどうかが立証の質を左右します。

「ただのコピー」では、証拠にならない

ここで決定的に重要なのが、記録の残し方です。

対象PCから怪しいファイルや記録を見つけて、通常の操作でコピーして保存した——これでは証拠として通用しないおそれがあります。理由は、そのデータが取得時点から改ざんされていないことを証明できないからです。

証拠として通用させるには、データのハッシュ値(データの指紋にあたる値)を記録し、「取得時点から一切変わっていない」ことを数学的に示せる形で保全する必要があります。1ビットでも変われば値が変わるため、改ざんの有無が客観的に判別できます。

さらに注意が必要なのは、調べようとする行為そのものが証拠を壊すことです。対象PCでファイルを開けば最終アクセス日時が書き換わり、「いつ何が起きたか」を正確に復元できなくなります。良かれと思った確認が、後の立証を困難にしてしまいます。

疑いの段階で、どう動くか

現実には、「確実に持ち出された」と分かってから動けることは稀です。多くの場合、次のような曖昧な段階から始まります。

  • 退職した社員が、競合他社で似た営業をしているらしい
  • 受注を立て続けに競合に取られている
  • 退職前後の挙動に、気になる点があった

この段階で外部の専門業者に本格的なフォレンジック調査を依頼すると、数十万円から数百万円の費用と、数日から数週間の時間がかかります。確証がないまま踏み切るのは、簡単な判断ではありません。

かといって、放置すれば痕跡は上書きされ、消えていきます。時間が経つほど、立証は難しくなります。

自社で一次判定し、必要なときだけ本格調査へ

この「疑いの段階」を埋める選択肢が、簡易フォレンジックツールです。

EASY Forensics は、USBを対象のPCに挿すだけで、改ざん防止のハッシュ値を記録しながらデータを保全し、外部ストレージの接続やファイルの一斉削除といった痕跡を自動でレポート化します。専門知識がなくても実施できます。

これにより、自社で「シロ・クロ」の一次判定ができます。問題がなければそこで終わり、明らかな痕跡がある、あるいは判断がつかない場合にのみ、専門業者による本格調査や弁護士への相談へ引き継ぐ——この流れであれば、費用と時間を抑えながら、証拠能力を保った状態で次の手を検討できます。

そして、退職時にあらかじめ保全しておけば、後から問題が判明したときにも遡って確認できます。持ち出しの発覚は数か月から数年後になることも珍しくありません。そのとき、保全データがあるかどうかが分かれ目になります。

まとめ|営業秘密を「守れる状態」にしておく

営業秘密の持ち出しに対して法的措置を取るには、事前の管理と、事後の証拠の両方が必要です。

  • 守るべき情報を特定し、アクセス制限・明示・ルール化で秘密管理性を確保する
  • 秘密保持契約・競業避止義務契約を結ぶ(ただし契約だけでは違反を検知できない)
  • 持ち出しの痕跡(外部ストレージ接続・移動・削除・外部サービスアクセス)を確認できる状態にする
  • 記録は、改ざんの有無を証明できる形で保全する
  • 対象PCをむやみに操作せず、痕跡を壊さない
  • 退職時など、リスクが高まるタイミングで保全しておく
  • 判断に迷う場合は、早い段階で弁護士等の専門家に相談する

「契約は結んである」で安心せず、違反を見つけられる状態になっているか。そこまで整えて、はじめて営業秘密は守られます。

参考文献・出典

この記事の監修者

渥美 雅之(Masayuki Atsumi):三浦法律事務所 パートナー弁護士(第二東京弁護士会所属)ニューヨーク州弁護士 / 英国弁護士

神戸大学法科大学院修了後、公正取引委員会事務総局に入局。司法修習を経て森・濱田松本法律事務所にて企業法務に従事。シカゴ大学ロースクール(LL.M.)修了後、米国法律事務所および米国連邦取引委員会(U.S. Federal Trade Commission)にて執務。株式会社LIXILコンプライアンス調査部長を経て、現職。 競争法(独占禁止法・景表法)、コーポレートガバナンス、危機管理・コンプライアンスを専門とし、上場企業の社外取締役・社外監査役も務める。日本経済新聞社「企業法務・弁護士調査」等、著名アワードにて高い評価を獲得。主要取扱分野:独占禁止法・景表法 / コーポレートガバナンス / 情報セキュリティ / 国際法務